NA戦、EU戦を終えて

『届かぬ夢』

きっとみんなの
ほんとうのさいわいをさがしに行く。
どこまでもどこまでも
僕たち一緒に進んで行こう。

宮沢賢治銀河鉄道の夜

1章
「私、ねえさんみたいになりたいの」

 World of Tanks イギリスツリー家に産まれConquerorにまですくすくと育った彼女はそう私に告げた。
「なんども言ってるでしょ。あなたじゃ私にはなれないし、私のような思いをするのはこれ以上増やすわけにはいかない。貴方達のために今、最前線にいるって」
 低Tierの小さな頃から見てきた彼女達は皆、口々に憧れるが、ここは思っているような居心地の良い場所でもなければ、決して到達することが出来ない領域でもある。

 犠牲にしたものは、血統と誇り、そして半身。得たものは、強さ。

 失ったものが多すぎる。引き換えに最後に残った強さだけは誰にも譲れない。譲ってしまったのなら私は義姉のようになってしまう。同時にイギリスの栄光すら沈むことになる。それだけは、防がねば・・・Tier10は9以下の希望でなければ・・・彼女達の育つ意味だけは守らねばならない。
「私はね、私の弱い部分だけを妹に押し付けて、本来彼女が持つべきだった強い部分だけを奪ってここにいる。それにね、この半身はイギリス製ではないの。義姉さんたちが普段、野蛮な慎みを忘れた避けるべき同族とバカにしているアメリカ製だから。」

 私の強さは通常ツリーから抜けて、妹から奪って、弱点を押し付けた上に立っている。こんなこと言っても肝心なところを暈してしまっているので、何を言っているのか理解できないだろうが…

「だからってそれらを避けて二番手は嫌。確かに誇りはFV215b姉さまとScon姉さまが築いてきたものかもしれない。でも今の誇りを張っていれて、私達が目指すべきは、チーフテン姉さま、あなたでしょう?このままScon姉さまのようになっても・・・」
「やめなさい」

 それ以上は言ってはいけない。いや、そんなことを言わせてしまうのは私が義姉さんたちから戦場を簒奪したからなのだろう。当然の報いとはいえ、罪悪感が心に重くのしかかる。奪ってしまったから、私は義姉さんたちと顔を合わせることはできない。

 215b姉さんの豊富なHPからくる包んでくれるような優しさも、正統な血筋で一時はHTの完成系と呼ばれランダム戦からCWまで一世を風靡したScon姉さまの頼りがいのあるスペックや気高さも、今となっては最前線に立つにはどちらも足りない。

 なぜならば相手するHTは私か、279だからだ。形振り構わず手に入れた小さな卑しい体と速力、強固な砲塔に俯角、単発440、全てが今までのHTを過去にし新しい区分"MBT"の地位を手にした。279を相手にするには正面からでは敵わない。足と地形適正を生かすしかないが、姉たちでは足りない。
「あなたは真っ当に育ってScon姉さんになるの。車体正面に増加装甲を、側面には空間装甲をつけてね。二番手でもやりようがあるわ。CWならタンクロックもあるから出番は幾らでも・・・」
 失言だった。CWはもうアジアサーバーではなくなるのだ。

「・・・・・・なくなるんでしょ?CW。マッテオさんが言ってたよ。だからこれからは進撃戦やwargame、ランク戦がエンドコンテンツになっていくって。それじゃ二番手どころかFV姉様と一緒にガレージから出ることはなくなってしまうわ。だからなんとしてでも、私はチーフテン姉さまにならないといけない。姉さまのようにイギリスツリーの誇りを守りたいの。HTもLTもTDも息をしていないわ、みんな寂しそうにガレージから出ずにいつもお茶会をしている。貴方達のプライドは、チーフテン姉さまが守ってくれているのに、それを忘れて胡坐をかいている。血統とか誇りとかプロホロフカの12ラインに置き忘れてきちゃったんでしょうね。Scon姉さまも頑張ってはいるけれど、昔のようにはいかず厳しいことも一緒の戦場で何度も見てきたわ。」

 まずいことを言ってしまったと後悔する暇も無く、義妹は現実を告げてくる。今まで目を背けて、前線に向かっていたから、その言葉がずっしりと心に圧し掛かる。
「どうしてもあなたになりたいの。私だけに教えてよ、なりかた。」

 向かい合った彼女の体は、標準的なHTより小さく華奢な体の私より一回り大きくて、屈むように砲身を下げ私の砲塔横に添え、囁いてくる。こんなやり方どこで覚えてきたのだろうか。魅力的な誘いを拒絶するのは難しかったが、私にはなりかただけは教えることができない。
「・・・分かったわ。でも今はだめ。貴方が経験地を沢山溜めてScon姉さんになれるぐらいになったら教えてあげる。それまでは秘密よ。」

 普段は稜線から見下ろす私が今は、見上げて彼女の耳元に砲身を捧げている。これではどちらが姉かわからないな。
「約束よ。それを信じてランダム戦に行ってくるわ。Tier9じゃ私はまだまだトップ層なんだから。そんなのすぐよ。だから待っていてね。」
「よく知ってるよ。経験地リザーブを忘れないようにね。それじゃあいってらっしゃい。」
 意気揚々と嬉しさと楽しみにしていることを隠しきれない顔を私に向けて、ランダム戦にインキューをした。
「行ってきます。チーフテン姉さま。」

 ごめんね。私はあなたに嘘をついてしまったわ。Sconになれるぐらいの経験地がたまった時点であなたはその道に進むしかないの。私にはなれないのよ。

 私が生まれると、同時に妹が生まれる。私は"T95/FV4202 Chieftain"、妹は"Chieftain/T95"。彼女が貧弱なのは私が奪ってしまったから。二台用意して半身を入れ替える。私はアメリカとの混血なのよ。だから私にはイギリスの正統な血統もなければ、半身をアメリカ製にして妹に押し付けたから誇りも無く、そんな車両が最前線のHTの地位を奪ってしまったので姉さんたちに向ける顔も無い。強さと引き換えにこんな思いをするのは私と妹だけで十分だわ。あなたはどうか、自分に誇りを持って好きになる、そんな生き方をして欲しい。

 私は自分のことを好きになることができない。妹は「どうか気にしないで、あなたが強く賞賛されているのを見ると元気が出るから大丈夫」と言っていたがやせ我慢なのは家族なのだから透けて見える。戦うための車両として生まれ、姉に体を捧げて、その結果として出撃する機会が全くないのになにが大丈夫なものか。

 義姉も妹とも、向かい合ったとき胸を張って顔を真っ直ぐに見ることは出来ない。孤独の中で最前線に立ち続けなければ、奪っていった者達すら冒涜してしまう。それだけは、私の中の誇りが許さない。だからこれ以上私と妹のような境遇の子を作り出してはならないんだ。どうか分かってくれ。

 自身すら嫌いで孤独だった私に憧れて、私の唯一の味方になってくれた愛しき義妹Conqueror、あなたの純粋な気持ちはどんな戦績や賞賛よりも嬉しかったわ。

 約束、守って上げられなくてごめんなさい。この秘密はイギリスのプライドを守るため、口外することは決して出来ないの。いつかナーフされて最前線から離れてしまったときなら、話してあげられるわ。

 経験地をためて嬉しさと期待に満ちた顔をして報告にくるのだろうな、やっぱり約束を守れない秘密を教えられないと告げたとき、どのような顔にさせてしまうのだろうか。私の唯一の味方だった牙を向くだろう。彼女が泣き叫ぶだろうか、呆れ返るだろうか、その全てを受け入れよう。受け入れたあと、今まで孤独だった私が一度知ってしまった好意を失ったときの心のダメージはいかほどだろうか。考えるだけで眩暈がする。

 最前線での強さのみを求めていた、そんなどこかで、こんな境遇の私に好意を持ってくれる子を探していた。どうか主よ、彼女の好意を失わずに事実を伝える、ハッピーエンドをお教えください。

 冬のCWEも終わり、春が来た、ランク戦season2が始まる。
 3月も中盤になり暖かい。空は青く、濃く、高くそびえ、桜たちが咲き乱れる準備をはじめている。別れと出会いの季節。
 けれど・・・わたしの世界の中からは、湿っぽさも、薄暗さも未だ吹き飛んでくれてはいない。まだ冬に閉じ込められている。


2章
「らしくないじゃない。貴方にも不調の日があるものなのね」

 ・・・どうやらそうらしい。私としたことが得意なハルダウンをやり損ねて車体を晒してしまっていた。気づいたときにはキャタピラを切られどうにも射線を切れる位置に戻るのは間に合わなかった。機動性もよく車体が小さいゆえ、被弾率もハウダウンの容易さも他の戦車に比べたら簡単だというのに。

 あれ以来コンカラーになんて言い訳しようか考えてばかりいる。どう伝えれば彼女を傷つけずにすむのだろうか。気持ちを言葉に出来ない、喉下まで来ているのに表現できないもどかしさに囚われている。無理なものは無理なのだからそう言うしかないのに。問題は伝え方なんだ、優しい言葉が見つからない。
「貴方からハルダウンを取ってしまったら何も残らないんだからしっかりしろよ。それとも、私が話しかけているのは実はObj277だったりする?」
 いつになく厳しいことをここぞとばかりに遠慮なく言ってくるなこの女は。
「私にだって調子が悪い日ぐらいあるわ。あなたにもあるくせに、まるで鬼の首を取ったように煽り立てる下品なことはやめて。」
「・・・分かりやすいんだ。いつもならこれぐらいの軽口、受け流すか貴方も一緒に笑っている。普段の耐えて誇っている顔が見れないからどうかしたのかと心配していたけど、調子が悪いのは身体ではなく心の方だったとはね。私と貴方の仲でしょ、何かあったなら話してみなよ。力になれるかもしれない」

 どうやらまんまと見抜かれてしまっている様だ。彼女の言うとおり心が不調なのは間違いない。戦いとは別のことを考えてばかりでミニマップを見れていない。さらにその上、身体が覚えているはずの自分の得意ポジションすら戦場の中で見失っている。
 おまけに冗談にも対応することが出来ないほど心の余裕が思っているよりない。まいったな、彼女は私が戦場に出る前から支配者であって、今では私達がいる戦場が当たり前になっている。戦いの中でエリア確保のためのタイミングを合わせることなんて呼吸を合わせるのと変わらない関係、つまるところ、彼女は私の大先輩で戦友でいつのまにか親友になっていた。
 そんな奴に隠し事なぞ、どこの茂みに隠したって見つけてくるだろう。不安定な心境を誤魔化すなど通用するわけが無い。


「いつになく感が良いのね。新しい拡張装備はボンズ換気扇ではなくボンズ皮膜でも選んだの?」
「誤魔化そうとするな。私は貴方が抱えている問題がどんなものか知らなければ興味もない、ましてや関わろうとするお節介な性格でもない。けどな、私情を戦場に持ち込んで私の足を引っ張るようなら見過ごすことは出来ない、先輩なら猶更だ。・・・因みに新しい拡張品はボンズ換気扇にディレクティブスタビよ。」

 少しだけ気張ってみたが、全然ダメだ。どうやら逃がしてくれそうにも無い。一瞬、彼女なら何か良い解決策を知っているんじゃないかと望んでしまったが、そう自分の中で考え決着をつけずに縋ってしまうのは一人では答えが出せない八方塞であるサインでもある。それなら戦場での互いの役割のように精々利用させてもらうしかない、結局のところ私達の関係なんてそこに帰結する。

 しかし彼女に理解できるのだろうか。血統とか誇りとか・・・私の半身が外国製だから生まれるコンプレックスとか、同時に弱い妹を持つこととか。それと、なりたいものになれないとつげなければならない苦しさ、とか。
「さぁ、詳しい話はいつもの場所で聞かせてもらおうかしら。チーフテン
 男っぽいというか姉っぽいというか、年上で面倒見がよく、まるでこんな悩みは今まで幾らでも聞いてきたと言わんばかりのなんの不安も感じさせない顔で彼女は私の腕を引く。
「お手柔らかに頼むわ。907」
 消え入りそうな声で、その名を呼んだ。

 ヒメルズドルフの一角にある重く閉ざされたバーの扉を開けた。
 まだ夕方でディナーにはちょっと早い時間、集団戦を早めに切り上げたので、客は私達の他には居ないし暫くは誰も来ないだろう。開店したてのバーは空気が澄んでいて好きだ。

 いつもならウキウキで飲むところだが、いつもに増して今日の気分はよろしくない。
 常連である私達には最早オーダーを取らない。毎度同じのを飲んでいるうちに、席に着くなり勝手に作り、出してくるようになってから私達ももう注文を言わなくなった。裏返せば注文するのは何かあった日でもある。
バーテンダーさん、私、今日はスコッチをロックでダブルでお願い」
 普段、彼女はウォッカとレンドリースオイルのカクテルを、私はジンと105オクタンガソリンのを飲む。
「貴方、抱えている問題相当重いのね」
「そういう気分なのよ」
「どうだか。オーダーで語らないで、チーフテンの口から聞きたいな」
 どこから話したものか。そもそもこんなセンシティブな内容、いくら親しいとはいえ他人に話すのは気が引ける。スコッチをまずは一杯、飲み干して線引きを考えていた。
 喉をすべり出ていく言葉と、それとは逆に、喉を灼きながら流れ込む酒が、お互いを癒してくれてそのちぐはぐが気持ちいい。
「同じのをもう一つ。・・・907はさ、後輩からあなたのようになりたい。って憧れをぶつけられる事ってあった?」
 結局、彼女の経験から聞き出す、一歩引いたハルダウンが好きな私らしい切り口。
「そりゃもう、沢山ね。沢山聞かれて、全部にあなたにはなれない。生まれが異なれば私は通常ツリーに存在しない。つまりMTなら140か62Aか430Uで諦めろ。そうはっきりと、沢山、伝えたわ。・・・なるほどね、悩みはこれかあ」
「伝えるの辛くない・・・わけないか」
「辛かった、けどね、中途半端に答えて、なれないものの前で足踏みしているのを見ている方がよほど辛い。それならスパッと言ってあげた方が優しいでしょ。そう伝えると、最初、みんな何を言っているか分からないって顔をする。泣きもしなければ嘘と糾弾して怒るわけでもなく、自分の耳を信じられないのかもう一度言って欲しそうに、え?とだけ呟く。だから私は「あなたじゃ私になれない」、そう二回言うはめになる」

 なれないものの前で足踏みしているのを見ている方がよほど辛い・・か。Tier1から始まってTier5になるあたりにはある程度の将来像が確立し始まる。なるようにしかなれない。だとするならば、そのツリー外にいる私たちはいったい何なのだろうか。

「私達の国は【精神的に個々が強くあれ、さすれば国家が強大になる】そんな教えをしているから、みんな隠れて泣いたり認められなくてずっとT-54から進まない子だっていた。どこかで感じるんだろう、自分じゃ907になれないって。だから壊れたスピーカーみたいに何度も聞きに来るのはいなかった」
 すでに2杯目を飲み干し空になったグラスの中で氷が少しずつ溶けている。なれない酒と体調の悪さが合わさり、状況判断はまともにできない。スタンをずっと食らっているような気分で少し気持ち悪いが、アルコールが思考を緩くさせてくれないとまともに話せる内容ではない。
「ずっとT-54って・・・足踏みしているのいるじゃん」
 こんなことを言いたいわけじゃないのにすねたように揚げ足をとってしまう。
「私は彼女達への誠実を果たした、言わないでいるのと黙っているのでは罪悪感の有無が異なる。伝えるべき事実を黙っているのは嘘つきと変わらないし、そんなことしていたら自分のことすらも嫌いになる。他人に最後まで誠実を貫こうとすればするほど、自分への誠実を見失う。そうなってしまったら生きていくのが苦痛でしかたない、そうは思わない?」
「両方が幸せになれる言い方はないのかな」
「あるかもしれない。けれど、それを探し出すまでに自分が壊れてしまわない自信は私にはない」
 そうだよなぁと半分納得しながら3杯目を頼もうとした。
「・・・引き上げるぞ。貴方、顔色程々に悪いわ。月並みなアドバイスしかできなかったお詫びに今日は驕るよ」
「・・・うん」
 気がつけば子供みたいな返事を返していた、相当きているようで。

 店から出でると夜風が吹いていて酔った身体には涼しく気持ちがいい。桜は満開で月に照らされさざめいている。私とコンカラーの関係は桜を照らす月と同じようなものなのかもしれない。私からは彼女を照らすことしか、彼女は私を見上げるしかない。そういった・・・

三章
「あともう少し」

 ランダム戦がマッチングするまでの数十秒間は私の心を落ち着かせざるを得ない環境で、待たされているのに割りと嫌いにはなれなかった。
 出撃すると意気込んだ何秒か前、戦場に着くまでの緊張と高揚感の相対する鬩ぎ合いはどうしてか心地よい。
 (自走三枚いたらいやだな...)とか(ボトムだったらどこに行こう)と心配する傍ら、(tierTOPだったらどの有利ポジションで戦おうかな、それならMバッチだって夢じゃない)と期待している。
 不安とは、成功してほしいことへの期待が大きければ大きいほどそれに比例すると言ったのは誰だったであろうか。

「...よし!」
 Scon姉さまへの経験地はあと残り僅か、一週間もあれば足りるだろう。そうしたらチーフテン義姉さんになる方法を教えてもらえると約束をした。経験地を貯めることは勿論、よりよい成績を残せば褒めてくれるだろうか。
 そう妄想しているとマッチングしたようで待機所へと移る。
 マッチングはtier9TOP、敵のtier9HTはM103やT-10なのを確認した。自走砲はなし。マップはウェストフィールド、つまり私は稜線で得意のハルダウンをしていればいい。そう頭の中で戦闘をシュミレーションしていると、ふと味方にチーフテン義姉さまの妹であるChieftain/T95が味方にいることに気づいた。
 彼女が戦場にいるのは珍しい。生まれつき病弱でガレージから出ることはほぼないと聞かされていた。今日は調子がよいのだろうか、バフされた等の情報は聞いてはいないが・・・。
 待機所の中ではそれぞれ仲のいい者同士が初動どこへいくか、敵の戦車がどうこう、最近のWGは渋いだの環境が良くないだの世間話に興じている。
そんな中で彼女は一人寂しそうに佇んでいた。戦闘開始までまだ時間はある、同じ国であれば尊敬する人の妹でもある。話しかけてみようか。

「こんにちはChieftain/T95。一緒のチームね、頑張りましょう」
 彼女とは行く戦線が異なる、恐らくは逆側を抑えてもらう形になるだろう。気軽に声をかけたつもりだったが、向こうは話しかけられるとは思いもしなかったのかビクッと砲身を動かし挨拶に答えた。
「え?・・・こっこんにちはconqurer姉さま、すみません、話しかけられると思っていなくてびっくりしてしまいました。私では姉さまの逆側を守るのに力不足でしょうけれど一生懸命やらせていただきます!」
 そんなに驚かせてしまっただろうか、もしかして私の話しかけ方が怖かった?そんなことはないと思うのだけれども・・・
 ふと周りと彼女の状況を照らし合わせてやっと合点がいった。Chieftain/T95は車体はHT、砲等はMTのアンバランスな戦車だから、足が遅ければ主砲も弱く装甲が厚いわけでもない。だから戦える場所が限定されすぎていて戦線仲間がいないんだ。
 仲がいいのは同じ戦線の仲間同士、どこ行くか話したり、戦術について話が弾む。それがグループを形成しコミュニケーションを作り出す。だとすると彼女は話す相手がいなく自然と孤立してしまうのだろう。
 こんな環境が毎回続いていけばガレージから出たくなくなる。私がカーナボンだった頃同じマッチングだったセンチュリオンmk1も今思い返すとそうだった。こういう場面で気の利いた言葉をかければいいのだが。
「任せて頂戴。丘上は私の領域、稜線があって自走砲がいないのならば敵無しよ。イギリス重戦車の名前をそちらの戦線まで響かせてあげる。」
「私は攻勢には参加できませんから・・・conqueror姉さんのこと信じて待っています。」
 気軽に励ましてあげるつもりが、逆に落ち込ませてしまったように思える。
 そういえば彼女の名前はChieftain/T95、もしかしたらチーフテン義姉さまになる方法を知っているかもしれない。それを尋ねることは約束を破るわけでもないし話を変えるのに丁度いい。
「こんなことあまり親しいわけでもないあなたにいきなり聞くのは失礼にあたるのかもしれないけど・・・私は将来、チーフテン義姉さまになりたいの。でも義姉さまは中々教えてくれないし、Sconq姉さんも隠してくる。勿論通常ツリーにはいない。妹のあなたは何か知っていて?なんでもいいから情報がほしいわ」
「・・・姉さんはまだ話していないのね。それなら姉さんが整備所に行くのを見てみるといいわ。」
「整備所?そこになり方のヒントがあるの?」
「ヒントというより核心に近いでしょうけれど・・・」
 相変わらずChieftain/T95は俯きがちに答える。
 話しているうちに開始30秒のカウントダウンが鳴り響いた。戦闘が始まる。
「ありがとう。みんな隠すんだもの、気になってしょうがないわ。これで尻尾を掴めるかもしれない。」
「いえ、感謝されることなのかはわからないです。ただ」
「ただ?」
「全てを知った後でも、今まで通り私達と接してくださいますか?」
「え、ええ・・・もちろん。約束するわ。祖国に誓ってね。」
 俯くのを止め私に真っ直ぐに向けられた視界は、今度は不安に満ちていた。
 彼女のセリフはどこか罠気味で、今一彼女が伝えたいことの本質を把握することが出来なかった私の猜疑心を生み出していた。
「あなたが何を心配しているか分からないけれど、私があなたたち姉妹を、同じ国の憧れのHTとその妹を、嫌いになるわけないでしょう?さぁ戦闘が始まるわ」
「約束ですからね!conqurer姉さまのこと信じてますからね!」
「心配性ね。丘上の戦況もあなたとの約束もどちらも守ってあげるわ。ではリザルトで会いましょう」

「整備所になにがあるって言うのよ・・・」
 言われたとおりチーフテン義姉さまの後をカニ目を開きスポットしていた。
 イギリス戦車らしく、イギリスの整備所へと入っていく姿を確認したのが10分前の出来事。
 紅茶を飲みながらのんびりと出てくるのを待っていた。
「秘密兵器でも積んでいるのかしら。まさかね」
脳内ではあの車体や主砲、砲塔性能のパラメータを維持するために様々な改良がなされているんだろうななどと妄想をしていた。
しばらく待っているとチーフテン義姉さまが整備所から出てきた。
「メンテナンスは終わったようね。この後はガレージに帰って集団戦に備えるのかしら」
そんな私の予測とは裏腹に彼女はそのまま隣のアメリカの整備所へと入っていった。
アメリカ?何の用があるのかしら。ここからじゃ中の様子が見えないわ。直接ばれないように行くしかないようね。」
 早足でconqurerは動き出した。

「うあー今日も疲れたわオイル良いのでお願い。それと車体旋回の速度が今一、なんとかならない?え?乗り手側の問題でクラッチの名手がないせい?」
 いつも通りイギリス整備所では砲塔を、アメリカ整備所では車体をメンテナンスを行っている。
 今日は一際疲れた。優等マークを取るのにここのところは嵌ってしまっているのでいろいろな所にガタが着てあちこち悲鳴を上げている。
 戦って何か目標を定め没頭していると、conqurerになんて伝えればいいかそのことを考えなくてすむ。ただ逃げているだけなんだけれども、こうして強制的に休む時間ができてしまうとどうしても考えざるをえない。
「はぁ」
 と大きなため息をついしがちである。どうすれば優しく伝えられるのだろうか。そんなものはないと907は言っていた。だからって私もそれに倣う必要はない、が良い案は浮かんでこない。どうしたものだろうか。
 そう休むべき時間でナイーブになってしまうのも精神上よろしくないなと考えているときであった。
 唐突に第六感が反応し頭上に電球が浮かんだ。
「・・・誰かに見られている。」
 しかし今はメンテナンス中、体を動かすことはできない。だがこのままでは私がイギリス戦車がアメリカの整備所で整備されている、つまりハーフであることが誰かにばれてしまう。
 じたばたしてもしょうがない動けないことには変わりない。終わった後、犯人を探す。
 私がハーフでアメリカの整備所を使用するのを知っているのは妹とSconqとFV215bと907だけのはず。整備所を使う妹が様子を見に来ただけならいいのだが・・・。

 メンテナンスが終わり、整備所から出た。周りに誰もいない。もやもやしたものを心に残しつつ取り合えずガレージへ戻ろうとしていたらconqurerと鉢合わせた。
「お疲れ様ですチーフテン義姉さま。よかったらこれからティーブレイクはいかがですか?良い茶葉が入ったんですの。」
 やけに機嫌がいい、もうSconへの経験地がたまったのだろうか。確かに今日は少し疲れた。紅茶を飲んで一息落ち着きたい。
「ええ喜んで。イギリスガレージの近くにあるテラスで良いかしら」
「はい。一緒に参りましょう。」
「あら貴方も一緒にきたら誰が紅茶を入れるんですの?」
「実はもう一人既に呼んでいるんですの。彼女が用意してくれてますわ。誰かは着くまでの秘密です」
 声は喜んでいるものの、表情は明るくはない。この茶会、嫌な予感がする。例えるなら、完璧なハルダウンを決めていたと思っていたらジャガイモド田舎国家の百駆のHEATに正面から抜かれるような、そんな。

 席には私の正面にconqurerが座った。もう一人の参加者とはいったい誰なのだろうか。いつになく不安だ。
「紅茶が来るまでにまずは私はチーフテン義姉さまに謝らねばならないことがあります。お気づきかもしれませんが、先ほどアメリカ整備所を覗いていたのは私です」
「そう・・・あの視線はあなただったのね。よく気づいたわね、私が他の国の整備所に行っていることなんて。」
「教えてくれたのは・・・チーフテン義姉さまの妹さんでした。そして今回のもう一人の参加者です。」
 そう予想外なメンバーからの誘導だったんだなと放心し呆然を脳内を空白にしていく。いつのまにか、Chieftain/T95が紅茶セットを持って来ていた。
 そのまま気まずい空間の中で紅茶を配り終わったChieftain/T95が間に座った。
「あなたが教えたのね。」
「ええ、姉さんがいつまでたっても言い出せないだろうなと思って」
 そうか・・・何もかもばれてしまったか。
 conqurerは軽蔑するだろうか。糾弾するだろうか。悔しくて泣いてしまうだろうか。それとも、私になる方法を教えてあげるだなんて果たせない約束をした私を許さないだろうか。
「私は、チーフテン義姉さまには何をしてもなれないのね。」
「・・・えぇそうなの。ごめんなさい、私貴方に嘘をついてしまったわ」
 これから私は彼女に対して誠実に贖罪をしていかなければならない。
「貴方は車体はアメリカ製で砲塔はイギリス製、主砲も単発440と私たちの規格が異なる。私たちSconツリーには存在しないイレギュラーな存在。ここまで間違いないでしょうか」
「ええ何も」
 冷たく対応したいわけじゃない。けれど果たせない約束をして騙した私が何を行っても言い訳にしかならない。それは誠実とは言い難い。
「そして、チーフテン義姉さまが生まれると、チーフテンの妹さんと弱点部分を交換し、強さをえて現在の性能を手に入れることができる。のもですか?」
「間違いありません」
Chieftain/T95が病弱な彼女からは想像できないハッキリとした断定をもって答える。
「・・・そっか。私じゃ義姉さんには絶対になれないんですね」
 泣いているのか車体が心なしか震えているように見える。あんなに大きい車体が今では一回り小さく見える。
「私のことは軽蔑してもらって構わないわ。半身を妹から奪い、アメリカ製で、プライドも血筋も無ければ嘘つきの最低だと。」
「そんなことは気にしてないわ。泣いているのは、私じゃ今のイギリスの強さを誇示することに貢献できないと分かってしてしまったから。Sconじゃ戦場でも集団戦でも二番手、こんな惨めな気持ちはじめてだわ。・・・これから何を目標に戦えばいいのよ」
 やはりこうなってしまった。907の言った通りもっと早く正直に伝えるべきだったのだろうか。現実を突きつけ尚且つ彼女の気持ちを優しく鎮める、両方が幸せになる選択肢は、本来求めてはならぬ不俱戴天の敵同士で、傲慢がすぎた。
 美辞麗句をどれほど並べようとも、私は噓つきだからどう見繕ったって癒してあげることはできない。
「やりようはあるわよ。必ずあるわ。必ず・・・」
 まるで自分に言い聞かせる様に呟く。とっくに意味を失った言葉があきらめの悪い亡霊のように空を揺らす。

「conqurer姉さん、忍耐力はありますか?」
 今まで静かに紅茶を飲んでいた妹が意外な言葉を紡いだ。
「本当に現実となるかは分かりません。確立で言ってしまえばかなり低くいつ実装されるかも分かりません。でももしかしたら・・・」
「Chieftain/T95、何でも構わないわ。少しでも可能性があるのなら私はそれに対し全力で挑む。その私は覚悟がある。教えて頂戴」
 憶測だけでは、また失意の中に沈めてしまう。一体何を言おうとしているのだろうか。conqurerだけでなく私もすがろうと。
「もしかしたら、もしかしたらですけれど、WGがScon姉さまの他にChieftain Mk.6を実装する可能性があるかもしれないって噂を聞いたことがあります。これが通常ツリーから派生するならconqurer姉さまだってイギリスのいえ戦場の主力になることができる。だけれども、そのためには来るか分からない戦車のために今のままConqurerで留まっておく必要があります。」
 Conqurerは、その希望が何を意味しているのか分からないようで、困惑しているがその表情は喜びの波長を発しているのがこちらにも伝わってくる。
 重い、まるで水中かのような雰囲気だった茶会はいつの間にか、いつ来るのかどのような性能になるのかの妄想で溢れていた。
「私、Conqurer姉さんに姉さんについて聞かれたときから色々調べていたの。可能性は5%あるかすら分からない。でも賭けるならこれしかない」
「いくらでも耐えて見せるわ。私はマリノフカの自走砲三枚にだって幾度も耐えてきた。味方が芋ってたり数が圧倒的に負けて詰んでいるわけじゃない。僅かな可能性でも生きる希望が得られた、そうすれば私はまだまだ戦える。いつの日かくるChieftain Mk.6を信じて、それにのってチーフテン姉さまと一緒に戦える光景を夢見て生きていけるわ。」
 なんだ、私の妹は私よりずっと後輩思いだったんだ。妹は戦う能力は低くても、誰かのことを考え僅かな確率でも前に進もうとする意志で私は完敗だ。私は現状においてどう正しくあるべきかを考えていたが、それは自身が納得できる理由しか見ていなく、彼女の気持ちは思っているようで無視していた。もしかしたら、車体を交換したときに私は強さを得たけれど、同時に他人の立場に立って考えることを妹に渡してしまっていたのかもしれない。
 やっぱり私たちは姉妹だけどまったくの別車だったんだね。戦闘やプライドよりも欠けてはならない唯一のモノを失ってしまっていた。一方で彼女は思いやりや他者への配慮を。

「ありがとう。チーフテン義姉さまからは強さと憧れを、義妹さんからは希望と夢をいただけました。これ以上の幸せはありません。」
 4月も終わりに近づき、若々しい晴れた青空を背に翠緑の葉がさざめいている。その下では弾けるような笑顔で未来への期待に3人が花を咲かせる。

 T95/FV4201 ChieftainとChieftain Mk.6が一緒に肩を並べ、快速重戦車の上を行くMBTのカテゴリーで戦場を支配する、遠い未来の話に。

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総務さん(@So_Mu3)に描いていただきました!ありがとうございます。